| 2010年8月1日 | 映画「お菓子放浪記」出演者募集を終了致しました。多数のご応募ありがとうございました。 |
| 2010年7月1日 | シネマとうほく製作作品「お菓子放浪記」製作日誌Vol.12 「笑顔の街頭募金」更新しました。 |
| 2010年6月17日 | シネマとうほく製作作品「お菓子放浪記」製作日誌Vol.11 「宮城県民の会 発起人会が開催されました」更新しました。 |

| 2010年8月1日 | 映画「お菓子放浪記」出演者募集を終了致しました。多数のご応募ありがとうございました。 |
| 2010年7月1日 | シネマとうほく製作作品「お菓子放浪記」製作日誌Vol.12 「笑顔の街頭募金」更新しました。 |
| 2010年6月17日 | シネマとうほく製作作品「お菓子放浪記」製作日誌Vol.11 「宮城県民の会 発起人会が開催されました」更新しました。 |

明年初夏の全国公開スタートへの夢をのせながら、一本の映画の製作準備が始められました。
「お菓子放浪記」、原作者西村滋さんの自画像とも言うべき作品がこれです。
今から数えるなら65年前にさかのぼります。
日本国中が戦火に包まれていた、あの困難な時代を、天涯孤独な孤児として、
それでも精いっぱいその未来に向けて生き抜いた一人の少年を主人公にこの物語は語られていきます。
私たちは、この作品を通して、支え合う人の心のやさしさと、子供たちの健やかな心の成長を、一人でも多くの方々の胸にお伝えしたいと願っています。
又、主人公の少年が焦がれるような思いであこがれ続けたのは「お菓子」でした。
私たちはこの作品を通して人の心を豊かに、そしてやさしくさせてくれる
「お菓子のもっている不思議な力」も観客の胸に語ってみたいとおもっています。
100年に一度と言われる大きな不況の影が社会をおおっています。
子供たちの成長を巡っても、赤信号がともされ続けています。
支え合う心が希薄になり、社会の中に人が孤立した事による悲惨な出来事も絶えることはありません。
こんな時代に、それでも、いつまでも続く人の世の幸せを願いながら、
私たちはこの映画の製作の歩みを起こすことにしたのです。
又、この作品の企画は、地方に元気を、そして街ににぎわいを取り戻そうとの願いも込めながら始められたのでした。
都市と地方との格差は、国の未来を見つめた時、今や決してさけて通ることの出来ない大きな課題となっています。
映画の世界でもこれは同様で、今や映画館のない市や町は、全国の市町村の何と9割にまで登ることになってしまいました。
求めれば何でもある都市と何もない地方・・・この格差は、社会の大きなひずみとなって私たちの未来に横たわることとなったのでした。
「お菓子放浪記」製作委員会は、宮城県を中心とした地方の企業15社が手をつなぎながらその産声をあげました。
私たちはこの作品の製作と上映を通して、もう一度地方に元気とにぎわいを取り戻し、
そこに住む住民が生き生きとその未来を語ることのできる・・・そんな夢も描きながらこの歩みをおこしたのでした。
映画製作を心ある多くの住民の方々と手をつないだ地域運動として成功させたいと願っていますし、
公開にあたっては今や都市部だけに偏在することとなった映画館のみによらずに、
映画館がその姿を消してしまった全国の地方の市町村にも拡げてゆきたいと願ったのは、
地方の活性化に向けた私たちの願いの当然の結果でもあったのでした。
それぞれのよってたつお立場をこえて、多くの方々の手を横につなぎながら、
こんな私たちの夢はその実現にむけて歩みを始めたのです。

昭和17年、孤児院を脱走したアキオは、金平糖を盗み逮捕されます。
空腹のアキオに、担当刑事の遠山は菓子パンをくれたのでした。初めて口にする甘味はアキオを夢心地にさせました。
やがて千吉、春彦と共に感化院に入れられたアキオは、指導員・伊集院から暴力的な軍事教育を受けるのでした。
希望のない日々を救ってくれたのは、教員・陽子が歌う「お菓子と娘」でした。
昭和18年、フサノの養子になったアキオは家族ができたと大喜び。
でも、フサノにとってアキオは労働力でしかありえないのでした。
ショックを受けたアキオは家出し、旅一座とともに巡業に出ることにしました。
ようやく居場所を見つけたアキオでしたが、戦争という現実が旅一座をも打ち壊してしまいました。
さらに、陽子や遠山までもが空襲で亡くなったと知った時、
アキオは戦争の残酷さを痛感し、世の中に絶望するのでした。そして、終戦。
1年後、アキオは盗みや恐喝で食い扶持を稼ぎ、孤児たちの面倒を見ていました。
再会したフサノにも、行き倒れの少年にもその商売を蔑まれ、アキオの心は乱れるのでした。だが、これも生きるためだ。
そんな時、アキオは死んだはずの陽子を見かけました。
地獄を味わいながらも命を救われた陽子は、それでも「お菓子と娘」を歌い人々の心を慰めていました。
その姿に、自分の非道を思い知らされるアキオでした。生きるために大切なのは、金や力ではなく優しさだ。
そして、甘いお菓子は優しさそのものなのです。

・製作仕様 カラー・ビスタビジョン 107分(予定)
・製作 映画「お菓子放浪記」製作委員会
<宮城県>
河北新報社
仙台放送
横山芳夫建築設計監理事務所
グレープシティ
シネマとうほく
税理士 千葉直人
<岩手県>
IBC岩手放送
東日本エージェンシー
<山形県>
テレビユー山形
<福島県>
三金興業
<秋田県>
秋田県映画センター
<群馬県>
群馬共同映画社
<北海道>
プリズム
<東京都>
シネマ・ディスト
オフィス近藤
・原作 西村 滋(理論社刊)
・監督 近藤明男
・脚本 西井史子 泉 悦子 近藤明男
・配給 映画「お菓子放浪記」 全国配給委員会
・後援
全日本菓子協会
全国菓子工業組合連合会
全国銘産菓子工業協同組合
社団法人日本洋菓子協会連合会
協同組合全日本洋菓子工業会
全国和菓子協会
日本菓子教育センター
社団法人日本青年会議所
青年会議所菓子部会
財団法人まちづくり市民財団